荒痛薬師堂

昔むかし。大塚のお堂に薬師さまがおまつりされており、お堂の前には大きな桜の木があった。この桜の葉を入れた御愛相の湯と呼ばれる薬湯があり、どんな病も治すありがたいお湯だと評判で遠くの村からも人が訪れていた。
天正の頃、兵火に遭い堂宇悉く焼失してしまったが、村人たちは「有難いお薬師さまを燃やしちゃなんねえ」と自分の家に火が回るのも顧みないで薬師さまの像を、荒れ狂う火の中から担ぎ出した。辺りは丸焼けになり、薬師さまも半ば焼け、しばらく野に置かれたままになっていた。
ある晩、野盗の群れがやってきた。薬師さまの木像をそれと知らずに、「ここにいい丸太ん棒があらあ、これを叩き割って焚くべ」と斧を振り上げて打ち下ろすと「あら、痛や！」と、薬師さまが悲鳴をあげた。野盗はぶったまげて逃げて行った。薬師さまのおかげで村は野盗に襲われずにすんだ。
これが伝わって、この薬師さまのことを「あらいた薬師」と呼ぶようになった。お堂も建てなおされて、今も『荒痛薬師堂』として地域の人達の心の拠り所として静かに座している。薬師像は秘仏で、12年に一度寅年に御開帳されるので寅薬師とも呼ばれている。像は黒く焦げているという。