うめのみやじんじゃ
埼玉県狭山市上奥富508
鎮座地の奥富は、入間川の東岸に広がる低地に位置する農業地域で、平安時代に嵯峨天皇の第二皇子、武蔵守源信が、京都西院の勅旨田として、250町歩開田したことに始まる。 当社は源信により、この奥富の地の..
鎮座地の奥富は、入間川の東岸に広がる低地に位置する農業地域で、平安時代に嵯峨天皇の第二皇子、武蔵守源信が、京都西院の勅旨田として、250町歩開田したことに始まる。 当社は源信により、この奥富の地の鎮守として、承和5年(838年)正月11日に山城国葛野郡梅津郷(現 京都市右京区)鎮座の梅宮大社から勧請したものと伝わる。
平安時代初期、京都梅宮大社から分霊された古社
瓊々杵尊・大山祇神・木花咲耶姫命・彦火々出見命
旧村社
承和5年(838)
武蔵野神社巡拜記
毎年2月10日・11日の両日に催される甘酒祭
甘酒祭(県指定無形文化財) 「梅宮神社」神号額、鰐口(市指定文化財)
有り