そうおういん
岐阜県高山市桜町149
相応院は、明治以前は隣にあります桜山八幡宮の別当院で、「長久寺」と称しておりましたが、明治初年の廃仏毀釈によって、長久寺は廃寺となりました。そのため当時の住職兼神官でありました桜山識雄和尚は、代官所..
相応院は、明治以前は隣にあります桜山八幡宮の別当院で、「長久寺」と称しておりましたが、明治初年の廃仏毀釈によって、長久寺は廃寺となりました。そのため当時の住職兼神官でありました桜山識雄和尚は、代官所(高山陣屋)へ願い状を出して必死に仏教を守られました。現在本堂が建っているこの場所は、高山城主金森家の高野山での菩提寺であった「相応院」の荘園でありました。その縁で、桜山識雄和尚は高野山から「相応院」の寺号と金森長近公寄進の阿弥陀三尊(現在脇侍)、涅槃図などを譲り受け、明治十四年荘園であったこの地に本堂を建立し、「相応院」を復興されました。
桜雲山
高野山真言宗
不動明王
櫻雲山 相應院
飛騨三十三観音霊場 第2番 中部四十九薬師霊場 第40番
JR高山駅より徒歩20分 高山清見道路『高山IC』より車で10分
無料
なし 高山別院駐車場利用