たかつきいなりじんじゃ
福島県いわき市平中神谷字石脇172
内藤政栄公が元禄八年(1695)、磐城平の高月屋敷に移り住むに際して、江戸の藩邸に奉斎していた 濁鈷稲荷明神を霊夢の告げるままに遷宮したのが始めである。 次いで元禄十年(1697)には社殿を創建..
内藤政栄公が元禄八年(1695)、磐城平の高月屋敷に移り住むに際して、江戸の藩邸に奉斎していた 濁鈷稲荷明神を霊夢の告げるままに遷宮したのが始めである。 次いで元禄十年(1697)には社殿を創建し四月に遷宮。ところが藩主内藤政掛公が延岡藩転封に際して、 中神谷村名主佐藤長次郎衛に預けおくことになり、これを立鉾境内に建てた。初め川根宿爆の地に 鎮座したが、度々水害にあったので文政六年笠間藩神谷陣屋(現平六小)の鎮守として裏山にお詫りした。
稲倉魂命
11月5日
無し