江戸時代初期の寛永6年(1629年)に水戸徳川家初代藩主・徳川頼房(よりふさ)が江戸の中屋敷(明暦の大火後に上屋敷となる)に築造し、2代藩主・光圀の修治により完成した江戸の大名庭園として現存する最古の庭園です。
小石川台地の南端に位置する起伏に富んだ地形と自然林を活かし、日本各地の景勝を模した創設者頼房の庭造りを受け継ぎ、添景として光圀の代に儒教的思想を反映させた中国趣味が取り入れられました。日本と中国の名所や古典になぞらえた見所を配した「後楽園」は、造園当時から、明るく開放的な六義園と好対照をなしています。
(東京都公園協会ホームページより抜粋)
「後楽園」の名は、『岳陽楼記』の中にある「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から付けられました。
(文京区観光協会ホームページより抜粋)