はちまんじんじゃ はなげいし
群馬県前橋市鼻毛石町132
一説では、応仁の昔、今より五百年以前、山城国の男山"岩清水八幡宮"からの分社であり、清和天皇の六代目に当る源義家公の御威徳により、御遷宮されたといわれる。 寛保元年(1741)に大祭を行った際、残..
一説では、応仁の昔、今より五百年以前、山城国の男山"岩清水八幡宮"からの分社であり、清和天皇の六代目に当る源義家公の御威徳により、御遷宮されたといわれる。 寛保元年(1741)に大祭を行った際、残火より火災にあい、本殿、拝殿、末社、古器物とも全焼した。 そのため由緒は不詳、明治三十五年六月十四日許可境内末社四社(菅原神社、諏訪神社、愛宕神社、御霊神社)を合併する。
岩清水八幡宮からの分社ともいわれるが、由緒は不詳、明治三十五年六月十四日許可境内末社四社を合併する。
誉田別尊 菅原道真公、建御名方命、火産霊命、早良親王、伊予親王、藤原夫人吉子、橘逸勢朝臣、藤原広嗣朝臣、吉備真備公、文室宮田麿朝臣
旧村社
不詳
鼻毛石八幡神社
無料
有り