きたよしみやさかじんじゃ
埼玉県比企郡吉見町北吉見1640
『明細帳』に「創立ハ長保年中(999-1004)ナリト云伝フ」とあるが、『郡村誌』には「長保3年(1001)に創建し、元民有地たりしを、延宝6年(1678)社地となす」と載せる。 一方、口碑によれ..
『明細帳』に「創立ハ長保年中(999-1004)ナリト云伝フ」とあるが、『郡村誌』には「長保3年(1001)に創建し、元民有地たりしを、延宝6年(1678)社地となす」と載せる。 一方、口碑によれば、天王様は元は、大沢重夫家の屋敷の北側に祀られていたという。これは、本来当社が大沢家の氏神であったことを物語るもので、『郡村誌』に見える社地の変遷の記事は、同家の氏神から村の鎮守となった経緯を示すものと考えられる。ちなみに、同家は氏子集落の中央に居を構え、当主で一五代を数える旧家である。 明治4年に村社となり、同40年に字九ノ地の庚申社、字八ノ耕地の稲荷社、字五ノ耕地の愛宕社・春日社の無格社五社を合祀した。昭和六年の社殿再建に際し、参詣の便を図り集落の中央に遷座しようとの声も上がったが、実行に移されず現在に至っている。
創建年代等は不詳ながら、大沢重夫家の屋敷の北側に長保3年(1001)祀られていたと云われている
素戔嗚尊
村社
7月15日